グッドモーニングベイビー




「ねぇ、兄貴は好きな人いるの?」


静まり返った部屋、深夜のトランプや暴露大会ではしゃぎすぎてぐっすり眠る生徒たちが寝息を立てる中、まだまだ話足りないらしい相方は心なし皆で話していた時よりも高めのテンションで、夢の世界に心地よく片足突っ込んでいた兄貴分に小声で話しかける。話足りないというのも、皆で輪になって話しているときには彼はほとんど口を開かなかったのだ。クラスで可愛いと評判の女の子の恋愛事情だとか、隣のクラスの男の子でとても綺麗な子がいて、あの子だったら付き合ってもいい、などとジョルジュには考え及ばない、また想像もしなかったような興味深い情報が様々に飛び交って、それらを吸収するので精いっぱいだったのだ。ようやく話題も落ち着き、自分も何か話したいと思った時には皆寝る姿勢に入っていた。
そんなわけで、気を許せる親友ならば話を聞いてくれるだろうと、隣で片腕を枕に目を閉じる相方の布団を揺すっているのである。


「ねぇ、兄貴は……」

「お前、黙れ」


睡魔と闘いながらも懸命にぴしゃりと言い放ったアルマンドに、ジョルジュはわざとらしく目を見開いて驚きを表現するが、そんな彼の見え透いた行動はいつものことなので、そのままアルマンドは眠りの体制に入ろうとする。寝返りを打ってジョルジュに背を向けるが、それでも彼はめげない。


「俺はね、ちょーっと気になる子がねぇ……いるんだなぁ」

「…………」


背中の暗闇の先、自分の反応を期待しているだろうジョルジュが声に出さずにニヤニヤ笑いを浮かべている様子が容易に想像できる。だがここで彼の望む反応を、もしくは望まぬ反応でもなにかしら応えてしまえば彼の話が夜中延々と続いてしまうのは明らかだし、ただでさえ疲れ切った体をようやく落ち着けたのだからこの眠気を手放す手はない。アルマンドは全ての音やイメージをシャットダウンして先程の夢の続きを取り戻そうとする。


「俺ねぇ、……」


ジョルジュの声が遠ざかる。代わりにむくれるジョルジュの顔が脳裏に浮かぶ。ぴたりと背中に額を付けられた気がした。いや、気のせいかもしれない。だが振り向くのも面倒だ。
かろうじてわずかばかりの意識を現実世界に残したまま、アルマンドは夢の世界に落ちる。


『でもね、俺はやっぱり……』


その言葉が果たして現実のものか、夢の中のものか、起床時間になってもぐだぐだと寝転がって布団を手放さないジョルジュが他の生徒たちに微笑ましくからかわれているのを見るとどうにも判断できなかった。ようやっと目覚めたジョルジュが目をこすりながら開口一番「兄貴ぃ、眠い」とふにゃふにゃ呟くのを見ていると、そんなのどちらでもいいのだと思い直して、アルマンドは彼の布団を容赦なく引っぺがしたのだった。